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『コミュ力』とか『女子力』とか『文章力』とか。『何々力』という謎の力が理解できないんだが

   

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謎の力によってこの日本は支配されているらしい……・

それは『コミュ力』『女子力』『文章力』といった抽象的過ぎる力のことです。

『何々力』って名付け方もうやめませんか

『力』なんて使ってますが、意味合いが曖昧すぎますよね。

ドラゴンボールの『戦闘力』なら高い方が低い方より強いという定義が当てはまりますが(現在ではそれも曖昧になってきましたが……)、世に蔓延している様々な『力』と名の付く言葉はあまり信用できないものになってきています。

その例として、『コミュ力』『女子力』『文章力』について考えていきます。

コミュ力ってなんだ?

何々力

昔の人が見たら『コミュカ(こみゅか)』と読んでしまいそうなこの言葉。

つまるところご存知コミュニケーション能力のことなんですが、そのコミュニケーション能力ということ自体が曖昧すぎるんですよね。

世の中では『よく喋ったり喋りの上手い人』がコミュニケーション能力が高いと思われがちですが、そんな人でも人間関係が良好とは限りません。

あまり喋らない世に言うコミュ障と呼ばれる人が、実は良い人間関係を気づいているということもあります。

じゃあコミュ力ってなんだよ?

って思ってしまいます。

人が他人の一部だけを垣間見てコミュニケーション能力が高そうと判断するのですが、他の部分を見るとコミュ障に見えるなんてこともざらにあります。

……コミュ力、謎である……。

女子力を極めたところでモテはしない

女子力とはいかに良い女子らしくあるかということなのでしょう。

料理が得意になろうとしたり、掃除好きになろうとしたり、ファッションセンスが良くしようとしたり……。

世の女性たちは女子力を高めようと今日も切磋琢磨しているそうです。

しかし、断言しておきますが、世に言う女子力を高めたってたぶんモテません。

男の私が言うんだからある程度は正しいと思います。

逆に女子力女子力言っていると引いてしまいます。

女性の方からは「同性同士の競い合い的なことなんだからモテるとかは関係ない」とか返ってきたりもそうですがね。

でも女子力というものがあるせいで「女子力低いと思われたくない!」という若者ならではの自意識過剰で頑張りすぎてしまうことだってあるんじゃないですかね。

そしていつの間にか女子力競争に巻き込まれたりなんかしたりして。

なんのための女子力なんだか、わからなくなるなんてこともありそう。

……女子力、謎である……。

文章力ってわかりそうでわからない

文章力についてある人に聞けば『どれだけわかりやすいか』と返ってくるでしょうし、

別のある人に聞けば『どれだけの語彙あるか』と返ってくるでしょう。

その他にも様々な意見があるでしょうが、つまるところ定義が定まっていないのです。

ネット掲示板なんかを覗くと、「小説家Aは文章力があるけど、小説家Bは文章力がない」などと書き込まれることがありますが、別のところを覗くと「小説家Bは文章力があるけど、小説家Aは文章力がない」と書かれていたりします。

定義付けできるものではなく、その人がそう思ったというだけで判断されているようですね。

そう思うことは自由なんですが、それを声高々に発することで無用な対立が生まれてしまうこともあります。

解釈次第でどうとでも取れるものに対して『力』を使うのはどうかと私は思うのです。

それでも人は、今日も文章力という言葉を使い続ける。

……文章力、謎である……。

ちなみに私はこのサイトに書くときは計画もせず思ったことをそのまま書いているため、ある種適当な文章とも言えます。

ただ言いたいことがある程度伝わればいいというのはネット文化ならではと言えます。

だからブログにいわゆる文章力は必要ないのです。

だからみんなそんな抽象概念など気にせず、気軽に書き込めるんですよね。

商業主義も行き過ぎれば害悪でしかないな

『何々力』という言葉が流行る根幹にはやはり商業主義があると思います。

概念自体が曖昧なため「これをすればコミュ力が上がる!」とか「女子力上げればモテる!」とか「文章力が上がる方法」とかなんか言って情報を売ったり物を売ったりすることが楽なんです。

「これをすればコミュ力上がるって言うけど、コミュ力ってなんですか?」なんて聞いてみても「コミュ力はコミュ力だよ。大丈夫?」と心配されて逆に質問されてしまいます。

『何々力』が欠如していると下にいる人間だと判断されるため、仕方なく人は『何々力』を鍛え始めることになります。

それによってお金も気力も使うなんて、疲れちゃいませんか?

ただただ息苦しくなっていく

コミュ力も女子力も文章力も実は存在しません。

ただ誰かが評価した結果であって、主に力ある人の独断と偏見によって構築されたものであって、評価基準が変われば力関係だって変わるんです。

そんな曖昧な『力』に支配されているとだんだん息苦しくなっていくものです。

「こうだとコミュ力が低いと思われる……!」

「こんなんじゃ女子力低いと思われる……!」

「こんな文章力じゃ叩かれる……!」

と自らに制限をかけて生きていかなければなりません。

謎の『力』に支配されずに生きよう

平均的な人生を送りたかったり、人より優れていたかったりすると、どうしても自分の劣った部分が目についてしまいます。

生まれつきいわゆるコミュ力が低い人がいわゆる女子力が高いこともありますが、そんな人は無理にコミュ力を高めようと躍起になることはないんです。

ありのままに生きればいいんです。

そのままのあなたでいいんです。

終わりに

日本人は曖昧な表現を好み、言語自体も曖昧な意味のものが多い。

しかしそんな曖昧さが余計な苦悩を産むことも忘れてはいけないのです。

あなたは今、『何々力』という言葉に踊らされてはいませんか?

以上、何々力についての考察でした!

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